もはやTVも雑誌もいらないか

5年前と今を比べると、昔はyoutubeも無かったしgyaoも無かったし、情報サイトも充実していなかったので、随分と進化したものだと思う。新聞社のサイトも見やすくなり、各種の情報サイトも惜しみなく有用な情報を載せてくれる。
例えば、WebBCNとか見てれば、私なんかはパソコン雑誌は講読しなくて十分と思えるし、情報のみというのは基本的にかさばらないので物理的に溜まることがないので、不精な私なんかはとても良い。さらにいうとブロードバンドの一般化と無線LANの普及で、場所も限定的では無くなった。
ベッドの上でミニノートでもってニュース閲覧、とかも普通になったわけだ。古い人間はこういうニュースタイルについていけないのだろうけど、これからの時代はそれが当たり前になるし、まぁ押し寄せる情報や技術に飲み込まれることなく、良い物だけを取り出して使いこなしていかなければならないのですな、これからは。そこで下手なこだわりを持つことは危険で、頭の中で当たり前であることのようなものも捨て去らなければならないことがあるんだと思う。
"世の中的には地上デジタルに移行しているし、画面も大きいのが当たり前だから買わなきゃ"とか目的が明確にならないまま、ただ世間に流されていてはだめということ。地上デジタルも本質的に我々を満足させてはくれないだろうし(要するにネットで補完できるということ)、テレビだって大きければ良いということじゃない。そもそも将来はテレビもそれほど見ないかもしれない。個人それぞれが持つ端末で、個人がその時見たいものと、瞬時に抽出して視聴する時代に移行していくのが妥当な気がする。
たぶん、我々が生きてる間はずっと過渡期になってて固まらないまま次の技術が登場してくるのが常態化する。レンタル屋で未だにVHSとDVDが置いてるとこも多いっていうのに、次世代メディアであるブルーレイディスクが市場に出回り始めているの最近の一例だ。いつまでも物欲をかき立てられそうで怖い。すべてを買えるほど金は無い…。
でもまぁ、大型TVは一種の家庭ステータスといったところか。無いってのも考えものだよな。我が家は。