愛車と別れるのはつらいけど


新しく車を買い換えるということで、今のラパンは下取りに出すことになる。
2004年初頭、私は車を持っていなかった。前年の夏、51kmオーバーという微妙に重い速度違反に引っかかってしまい、半年もの免許停止処分を受けてしまった。何回か講習に行って処分期間を半減させることも可能だったが、講習が月曜日だったり、その度に3万円くらい講習料と称してむしり取られることに憤慨してそれはやらなかった。トバッチリを食らったのは乗っていた三菱ギャランだった。まだ買ってから10ヶ月も乗っていなかったのに売りに出すことになった。人生最大級の屈辱期であったことは間違いない。時を同じくして当時付き合っていた女性とも別れた。まさに不遇の時代だった。
それからというもの、職場(駅から離れている!)には自転車で通う毎日となった。雨の日も風の日も坂道をがんばって走った。
やがて処分期間が終わり、マイ免許証が戻ってきた。免許がないと、ツタヤのカードですら作るのに一苦労だ。地味に身分証明がしにくいのがつらかった。だが、それも終わった。
そして季節は5月になり、そろそろ梅雨の時期を迎えようとしていた。自転車通勤で雨…それを考えるだけで心は鬱蒼となった。
「そろそろ車欲しいなぁ…」
よりによってその時の通勤ルートだったのがディーラーのひしめく街道だったことも車購買意欲を否が上にも高めたのだと思う。5月もいよいよ半ばになった頃、ディーラー巡りをすることになった。金は悲しいほど無い。なので最初は中古車で考えた。プレオやMAXあたりが良い感触だったが、特に期待もしていなかったスズキに行ったとき、たまたま展示してあったラパンSSに目が行った。ラパンといえばスローライフで女の子向けなファブリックファブリックした車だと思っていたが、なんだあのスパルタンなラパンはと。
聞けば、あれはラパンのスポーツグレードですよと営業さんが教えてくれた。それまで軽自動車は蔑視というか無視していたので全く知識が無く、軽にもスポーツグレードがあるんだなと初めて感じた。
その場の勢いで試乗を申し込み、乗ってみたらフィーリングの良さにまず驚いた。軽らしい軽快感と軽らしからぬ吹き上がりの良さ。MOMOバケットシートとMOMOステアリングの内装も豪華だった。予算を遥かにオーバーする、しかも新車だったが購入を決定してしまった。
買ってから、かつてさんざん乗り回したシビックの頃に毎週末はどこかに行き、疲れたら車内で休み、汚れたら欠かさずに洗車した。恋人のように付き合わないと「愛車」とは言えない。
不思議とそれまでスタンドなどで一度も言われなかったのに、ラパンSSでは「良い車ですね」「うらやましい」とよく言われるようになった。それまで6台も乗って言われたのは本当にラパンだけだった。他人が見ても良い車だったのだろう。
やがて、本当の恋人(現・嫁様)が出来て、ラパンSSはデートカーとなった。
思い出がより濃く作られていくことになった。九州のほとんどは回ったといっても過言ではないくらいにいろんな所に行ったね。その記憶はさすがにここでは書ききれないが、どんなに過酷なドライブを強いたとしてもまったく故障することはなかった。出来の良さにはこちらが脱帽してしまった。
去年、転職して九州を離れることになってしまって、ラパンは九州から横浜まで超ロングドライブを経験することになる。しかも、当時妊婦だった嫁様と金魚と亀二匹を運ぶという偉業を成し遂げる。
お金のやり繰りに厳しい時期だったこともあり、駅も近いので必要性について議論もしたが、結局持ち続けることになり、今年に至ったが、さすがに子供が生まれて狭さが感じられるようになってきたので、車を買い換えることになったというわけだ。
頑張ればあと2年、4年は乗れたと思う。要するに私のエゴで買い換えてしまう。本当に申し訳ないと思う。出来ることならば、嫁の実家にでも頼み込んで置かせてもらいたかったりもしたが、まだ下取りで条件が良いのと、金銭事情によって私の手から離れてしまうことになった。至極残念である。
せめてもの償いとして、今日は南房総にドライブすることにした。
いつもの様にキーを回す。長い道のりとしてはおそらく最後のドライブ。感覚を記憶させるように私はアクセルを踏む。君はいつだって私の期待に答えてくれた。やはり今日も最高のドライブであった。
きっと優秀な君のことは忘れないだろう。幸せを運んでくれた素敵な車だった。
またいつか、どこかで、すれ違えますように。